NANNCHATTENARSEMIMIの日記

母親としてまた娘としてそしてナースとして、、また一人の人間として様々なことを呟きます。

三菱重工業長崎造船所の思い出

 

父との思い出

長崎市出身の私の父は三菱重工業長崎造船所に勤めていました

生きていれば現在80歳です

長崎市は三菱と観光の街

子供の頃からそんな意識で生活していました

 

私の父は香焼工場ではありませんでしたが。。

父の勤務時間は月曜日から金曜日まで

朝8時から17時までだったと思います

船の納期を間に合わせるために徹夜未定

という勤務もあったと思います

でも家族を含めみんなで頑張っていたような記憶があります

船が完成すると進水式が行われ何とも言えない達成感を父から感じ取っていました

 

父は既に亡くなった後の出来事でしたが

長崎の経済に大きく影響したことは想像できます

 

そしてこの香焼工場のある香焼町は市民税、光熱費がかからない町として知られていました

三菱造船所の負担は大きかったとも言われます

 

長崎から離れ随分経ちましたが

三菱重工業長崎造船所の今回のニュースは衝撃でした

 

父は基本的には土曜日、日曜日、祝日はお休みでお休みの日にはお魚釣りをしていました

ある時期になると五島まで沖釣りに出掛け

大きなお魚を沢山釣ってきて

我が家の夕食はお魚三昧の日が続きました

お肉が食べたかった私はガッカリしていましたが

今では2度と食べることのできない憧れのお魚です

 

鯛の塩焼きやお吸い物などが食べたいです

お吸い物は濃厚な鯛のおだしがでて絶品です

塩焼きも脂がのってお塩との相性がよくて、、、

 

あんなお魚、もう食べることはできないでしょう。。

 

そんなことを思い出します